ボディ・クチュール・スパ

非熟練労働者を低賃金で導入する場合、国内において賃金水準の低下や非自発的失業者の増加が懸念される。 一方、非熟練労働者を本格的に受け入れ、労働法規や社会保障を整備した場合、賃金の騰貴や財政負担増につながる心配がある。(ただしこの場合彼ら自身も費用負担を行なうことになるので、このような視点は適切でないとする意見も多い) また、彼らが海外に送金することで富の流出が発生する。 中長期的には経済の活性化をもたらすとも考えられる。特に先進国では少子高齢化が進んでおり、若年労働力の比率が下がってきている。このため、経済規模を維持するには労働力の輸入が必要不可欠であるとの意見もある。 研修制度などで限定的に労働者を受け入れて周辺国へ技術移転を行い、地域全体で競争力を強化していくといった考えもある。 ヨーロッパ諸国において、従来受け入れ国は外国人労働者について、一時的な滞在を想定していた。しかし彼らの滞在は長期化、さらには家族呼び寄せなどによる定住化の傾向を見せ、新たに様々な社会問題を引き起こすようになった。そのような中、自国において外国人労働者にどのような地位を与えるか、既に国内にある外国人コミュニティをいかに地域コミュニティに組み入れて行くかという方策、すなわち「社会的統合」が検討されるようになった。(注意:この場合において、「社会的統合」は同化政策を意味するものではない。) まず初期の段階においては、搾取の防止や、FX な労働環境の整備があげられる。これらは短期就労においても重要である。 次に地域住民とのあつれき防止や、住宅問題などがある。言葉が通じない国においては、滞在が長期化するにつれて次第に同国人同士のコミュニティへの依存度を高める傾向が見られるが、こうしたこと自体が周辺社会に対する無言の圧力にもなる。 外国人労働者が住宅を確保することは、各種証明などで困難を伴うことが多い。また非熟練労働者などは家賃が低い地域に集まる傾向があり、こうした場合地域社会とのあつれきはさらに強まる。適切な対応を行なわなければスラム化の危険が高まる。 家族を呼び寄せたり現地で結婚するなどして定住化すると、子供の教育問題も発生する。言語能力が低いと学校は対応に苦慮し、現地民の苦情がよせられることが多い。 さらには年金などの社会保障や、法的地位をどの程度認めるかといった問題がある。 これらの対策を適切に行なわないまま外国人労働者の流入・定住化が進んだ場合、彼らの社会的な底辺化を招き、結果として犯罪や過激な思想・宗教に走りやすいと考えられている。ただしこれらの統合政策を行うならば、かなりの社会的コストを伴うのは必至である。 社会的統合の理念に対する反発も強い。ヨーロッパでは1990年代において、FX にもかかわらず多くの外国人労働者が流入し、排外主義が高まっていった。特にドイツではネオナチグループに限らず一般の若者までが外国人労働者コミュニティとの間で衝突を起こし、死傷者を出す事件も起きている(ゾーリンゲン事件など)。 在住する外国人の中において階層化が進んでいることも大きな問題となっている。言語能力の違いなどが原因となって、社会へ統合されていく層と取り残される層の二極化が進んでいる国も多い。 こうした中、2005年にはロンドン同時爆破テロが発生した。背景については不明な部分も多いものの、イスラム移民系による犯行は社会的統合プロセスに大きな疑問を投げかけた。また、同じく2005年には2005年パリ郊外暴動事件も発生している。 先進国において外国人労働者の受け入れに消極的な理由の一つとして、外国人による犯罪の増加があげられる。犯罪統計においては、外国人の犯罪率が本国民の犯罪率より高いことがしばしば示される(ただし犯罪統計については、その解釈につき様々な意見がある)。 国境を越えて来る者の中には、麻薬・銃器の密輸入や、不特定多数の外国人によって結成された窃盗団があると見なされる事が多い。大抵はこれらの行為に手を染めている者は、渡来目的そのものが犯罪行為であると考えられるが、近年では(知人に頼まれた荷物を中身を知らずに運ぶなど)本人も知らない内に密輸入の運び屋にされたり、多額の報酬に目が眩んで、国内の犯罪組織等と国外のバイヤーを結ぶ輸送を請け負ってしまう、また食を欠く程に困窮して犯罪集団に手を貸してしまうケースも起きている。 また漠然と仕事を求めて(特に国内受け入れ先が定かでも無いのに)渡来した外国人出稼ぎ労働者が密集して居住する地域では、食い詰めた労働者によって起こされる窃盗の問題や、それら雑多な居住者に混じって海外逃亡中の犯罪者によって悪化し得る治安の先物取引 も由々しきものになりつつある。 西ドイツでは第二次世界大戦後驚異的な経済成長をみせたが、それに伴い労働力不足が深刻になった。このため政府は各国と二国間協定を結び、各国の主要都市に「ドイツ委員会」を設置、本国の機関と連携して労働者の募集活動を行なった。初期はイタリアやスペイン、ベルリンの壁建設後はポルトガルやユーゴスラビアなどから労働者が集まったが、とりわけ流入が多かったのはトルコ出身者であった。 第一次石油危機によって経済は打撃を受けた。おりしもベビーブーム世代の労働市場参入が本格化することが予測されていたこともあり、政府は外国人労働者募集を原則停止するとともに労働市場テストを導入した。しかし国内の外国人労働者の長期滞在化、また彼らの家族呼び寄せにより、外国人数は増加の傾向をみせていった。帰国奨励金の支給などの政策による効果も一時的なものにとどまった。 このため彼らの社会的統合が図られることになったが、東西ドイツ統一後の景気悪化によってその試みは困難を迎えた。旧東ドイツ地域で失業が増加し、また冷戦の終焉やバルカン半島の情勢悪化によって他国から経済難民が大量に流入した。これにより労働市場は不安定になり、外国人労働者に対する国内感情は悪化、外国人襲撃事件が続発した。 現在ドイツでは他の先進国同様、非熟練労働者受け入れの規制を強めるとともに専門的技術を持つ労働者を積極的に募集している。2000年には情報通信分野で、一定の学歴・技術を有するものに限り労働許可の取得を簡素化するグリーンカード制度を発足させた。また、これらの方針をすすめるため2005年には新移民法を施行させ、各種制度を整備した。一方で東欧諸国などを対象に二国間協定を結び、経済援助の目的のもと限定的に非熟練労働者を受け入れている。 情報技術者の受け入れに関しては国内産業の立ち遅れから急務となっているが、言葉の壁などから獲得目標に届いていないのが現状である。